OSAKA STATION CITY GUIDE

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【パッケージデザイナー・三原美奈子さん】1万円分のジャケ買いから、今の社会がみえてきた

どや!

「大阪ステーションシティで1万円を使ってください!」と言われたら、あの人は何をする?ゲストを呼んで、大阪ステーションシティで1万円を使い切ってもらうこの連載。初回のゲストは、パッケージデザイナーの三原美奈子さんです。

edit:do-ya? 編集部
photo:岡本佳樹

三原美奈子(みはら・みなこ)さん

パッケージデザイナー。1969年11月大阪市生まれ。京都精華大学美術学部デザイン学科VCD専攻卒業。デザイン事務所を経て2010年、三原美奈子デザインを設立。各種食品・ギフトなどのパッケージデザインを数多く手がける。

Twitter:@tabiazarasi
Instagram:miharaminakodes

買い物をする時、パッケージに包まれた商品の「中身」がほしくて、私たちはお金を払っています。しかし今回の主役は、その商品を包む「パッケージ」。パッケージのプロ・三原美奈子さんに、ルクア、ルクア イーレ、大丸梅田店、エキマルシェ大阪の3スポットで、1万円分の「ジャケ買い」してもらいました。

「ジャケ買い」1万円分のラインナップがこちら

これらのパッケージの、いったい何が三原さんの心を掴んだのか。聞いてみると、買い物体験そのものがガラリと変わってしまいそうな話が次々と飛び出しました。想像以上に深いパッケージの「沼」を覗いてみましょう。

※ 商品や料金、購入店舗などの掲載情報は、2022年7月時点でのデータをもとにしています。現在とは販売状況が異なる場合があります。

この記事の内容

  1. そもそもの話、「良いパッケージ」ってなんですか?
  2. 三原さんも感服……「その発想はなかった」系パッケージ
  3. 衝撃の理由はどこに?わかる人にはわかるスゴい技
  4. バックストーリーを想像して、隠れた知恵に唸る
  5. パッケージがそのまま商品に!三原さん感激のプロダクト
  6. 1万円分はまだまだ沼の入り口。パッケージから今の社会を考える

1 .そもそもの話、「良いパッケージ」ってなんですか?

曙産業 モチワリ(購入店:東急ハンズ 梅田店)

ケースに入れた切り餅にカッター付きの部品をセットし、上からギュッと押すと、切り餅がカットされて「こつぶモチ」ができる。

── ひとつめはこちら、「モチワリ」のパッケージ。実はこれが今日のMVPとのことですが……。

三原さん:そうですね。これ、本当によく考えられていますよ。

── 正直、すごくおしゃれというわけではないですよね。これがMVPなのはなぜでしょう?そもそも、パッケージデザインの良し悪しって、何で決まるんですか?

三原さん:とても一言では言い尽くせない(笑)。「中身の保護」という役割は当然として、「中身の情報伝達」が出来ているかどうかは外せないポイントでしょう。

── たしかに、「これはなんなのか」っていうのがまずわからないと困りますね。

三原さん:パッケージって、0.2〜0.3秒しかお客さんは見ないって言われているんです。

── 一瞬じゃないですか!

三原さん:そうなんです。だからあれこれ書いたところで、読んでもらえない。その点、これは目の端でぱっと見ただけで「あ、餅を細かくカットする道具だ」ってわかる。伝えるための工夫というのがこれでもかと詰まっています。蓋の部分から見ていきましょうか。

三原さん:まずはここの角度がいいですね。ナナメになっていることで、どの高さからでも見えるようになっている。

── たしかに!目線と同じ高さに陳列されていたとしても、書かれていることがちゃんと読めますね。

三原さん:そしてなにより全体のこの色ですよ。黒、白、黄色、さらにショッキングピンクって、キッチン用品売り場では、なかなか見ないカラーリングでしょう。

── 思い切った色使いです。

三原さん:しかし、大胆に見えて絶妙なバランスのうえに成立しているデザインでもあります。

── ただ斬新なだけではないと?

三原さん:はい。未知なものは興味を引きますが、未知すぎてもダメなんです。

── 「未知すぎてもダメ」とはどういうことでしょうか?

三原さん:たとえば、お豆腐のパッケージを想像してみてください。見たことがないような形状のパッケージに、小さなアルファベットで「tofu」と書いたパッケージがスーパーに並んでいたとする。たしかにお洒落で斬新かもしれませんが、この商品は売れにくいと思います。「これは豆腐だな」とわかる安心感がない。「○○っぽいな」と認識ができる範囲でちょっと新しい要素を入れると、目を引くデザインになるんです。

── 安心感とギャップの匙加減が大事だと。この「モチワリ」のパッケージはちょっとトイっぽさも感じます。側面の4コマ漫画の雰囲気からも、エンタメ性を重視した商品なのかも。

三原さん:工具のようなカラーリングはそのためかもしれません。キッチン用品らしくないカラーリングですが、プレゼンがうまいので何をする道具なのかはすぐにわかる。

── 写真の使い方もいいですね。一瞬で伝わります。

三原さん:売り場で目立ち、商品コンセプトとも一致していて、何に使うかもすぐわかる。ちょっと箱を開けてみましょうか。ここにも細やかな配慮が感じられますよ。

── 注意書きがありますね。

三原さん:開けたら必ず目に入りますよね。この左右のベロは「内フラップ」と呼ばれるんですが、この形は珍しい。見たことがありません。

── ベロとベロのあいだが空いています。

三原さん:ベロが三角形になっていることで、注意書き部分を見せる仕掛けになっている。説明書にも内側の袋にも、刃についての注意書きがありました。安全面への配慮が徹底されています。

── 箱の底面にも秘密があるとか。

三原さん:「地獄底」と呼ばれる形状ですね。珍しいわけではありませんが、この形状になっている理由はちゃんとあります。

── 地獄!なかなかインパクトあるネーミングです。

三原さん:底が抜けにくい、つまりこれ以上落ちないという意味で「地獄」と呼ぶそうです(諸説あり)。フック穴が空いていますから、吊り下げて陳列されることが想定されているんですね。だから中身が落ちないようにする必要があって、この形状になったと想像できます。

── しかもここ、わざわざ「お餅は入っていませんよ」と注意書きまでされている。

三原さん:あらゆることが想定されていて、いやぁ、見れば見るほど隙がないデザインですよ。このパッケージは、コミュニケーションの達人ですね(笑)

2 .三原さんも感服……「その発想はなかった」系パッケージ

FISKARS ムーミン ハサミ(購入店:イッタラ ルクア イーレ店)

フィンランドの老舗刃物メーカー製ハサミ。刃を覆うケースがそのままパッケージに組み込まれたようなデザイン。

── これは「モチワリ」とは一転してミニマムですね。

三原さん:ハサミのパッケージって、ブリスターっていうプラスチック型にガチッとハマったものが多いんですが、これはとても潔い!私もハサミのパッケージデザインを手がけたことがありますが、「なるほど、これもありなんだ」と思いました。

刃物部分がケースで覆われているだけという極限のシンプルさ

三原さん:この発想は日本ではなかなか出てこないかも。まず、ハサミって大抵は非対面販売の商品なんですよ。

── たしかに、店員さんが売り場をずっと見ていることって少ない印象です。このハサミは店員さんの目が届く環境に陳列されていましたが、普通はそうじゃない。

三原さん:だからハサミ本体をパッケージからスッと抜き取れてしまうような形状は基本的に難しい。そして店員さんが解説できない分、パッケージで商品をプレゼンできないといけない。そのため、どうしても要素が多くなりがちです。

── 販売のされ方によって、パッケージに求められることが変わるんですね。

三原さん:その通りです。パッケージデザインのコンテストでも、対面販売のプロダクトと非対面(セルフ販売)商品のプロダクトで部門が分かれているくらいなんですよ。化粧品がわかりやすい例です。「デパコス」と呼ばれる、デパートで対面販売される化粧品は、ブランディングやイメージ重視の洗練されたデザインが多い。一方で、ドラッグストアで売られている商品には説明がたくさん書かれていますよね。

── 買う動機がブランドにあるお客さんが多いことも関係していそうです。

三原さん:ブランド名で品質への信頼は担保できるから、あれこれ書かなくていい。むしろそのブランドイメージをちゃんと伝える、世界観のほうが重要になります。このハサミも「ムーミン」という超人気キャラクター、そして「FISKARS」という信頼のブランド。このふたつで十分強力に訴求できると考えたのでしょう。

三原さん:持ち手部分がむき出しなのも衝撃です。輸送の時に傷つくリスクを考えると、なかなか実現できない。でも省資源という観点からも、日本でもこれぐらいシンプルなものを許容していくことが必要なんじゃないかな。

── 輸送や販売のされ方まで想定してパッケージデザインは練られているんですね。

三原さん:他にも製造の際にミスなく、早く組み立てられるかどうかだったり……。たくさん考えることがあるなかで、これだけ思い切ったデザインを実現できたことに感服しました。

3 .衝撃の理由はどこに?わかる人にはわかるスゴい技

MammaBaby スペシャルキット(購入店:バースデイ・バー ルクア大阪店)

お母さんと赤ちゃんのためのオーガニック&ヴィーガンブランド「MammaBaby」のギフトセット。ベビーソープ、ボディソープ、シャンプー、ベビーオイルの4本入り

── 三原さん、これを見つけた時に声を上げて驚いていましたよね(笑)

三原さん:こんなの驚きますよ!コスト面どうなってるんだろうって考えちゃいました。

── 真っ白で立体的。やっぱりこのフォルムがすごいんですか?

三原さん:そうですね。材質表記に「紙」のマークがあるのでモールドだと思うんですが、こんなにエッジがきれいに出るってどうなってるんだっていう。

── その、「モールド」とは……。

三原さん:正確には「パルプモールド」ですね。紙の原料である木質繊維(パルプ) を型に流して、立体に成形する加工方法です。紙漉き体験で見るようなドロドロした状態、わかりますか?あれをメッシュ状になった金型に流し込んでギュッとプレスして形をつくります。身近なものだと卵パック。あれもパルプモールドです。

── 卵パックはもっとガサガサしていて、角もモコモコしていますよね。

三原さん:そうそう!こんなに表面が滑らかで、パキッとエッジが出てるってすごいんですよ。

三原さん:ちょっと専門的な話になるんですが、おそらく型に入れてプレスされる際の状態が違うんだと思います。卵パックは「成形→乾燥→プレス」という順番ですが、これは「成形→プレス→乾燥」の順番になっているんじゃないかな。

── 湿った状態でプレスして、そのあと乾燥させているんですね。

三原さん:そうなんです。しかもモールドという加工方法には金型がふたつ必要で、この金型をつくるのもかなりお金がかかります。技術と手間とお金が惜しみなくかけられたパッケージですね。

── このフォルムを実現するために、まず型から、しかもふたつつくっていると……。

容器をはめ込む部分は、ずれないように微かなでっぱりが施されている

三原さん:紙だからエコだねっていうだけじゃない。この精密さはちょっととんでもないですよ(笑)。

4 .バックストーリーを想像して、隠れた知恵に唸る

銀座あけぼの くちとけ水羊羹(購入店:あけぼの 大丸梅田店)

夏限定商品の水羊羹。透明容器の底側に立体的な絵柄が施されている。

三原さん:これ、おもしろいですねえ。普通なら下にする面を活用している。かといって「おもろいやろ!」って感じでもなく、さらっとユニークなのがいい!

── 紙部分の印刷も、色ごとの質感が微妙に違いますね。

三原さん:表面は、おそらく落款の赤がオフセット印刷。スミは顔料箔、葉っぱのパターンは透明箔っぽいですね。うーん、さりげなくおしゃれです。ちょっと開いてみましょうか……あ、なるほど!

── 今の「なるほど!」は……?

三原さん:ここ、原材料表示のシールの下に穴が空いているでしょう?ここで、本体とくっついているんです。上下がある絵柄なので、くるくる回転しないようになっている。

開く前は背面に当たる部分に貼られている原材料シール。紙部分の上下を留めるだけではなく、内側の本体も一緒に固定されている

三原さん:一回試作してみて回っちゃったから「ここに穴あけて留めたらいいんじゃない?」ってなったのかも。想像ですけど、こうなった経緯が見える気がします。

── さりげない工夫がスマート!奥ゆかしさを感じます。

廣記商行 ヴィーガン味覇(購入店:ビオラル エキマルシェ大阪店)

中華風調味料「味覇」の味わいを、動物性原料を使用せず再現した調味料

── 今回唯一の缶パッケージ!「ヴィーガン味覇」は、商品自体がかなり話題になっていますよね。

三原さん:目にパッと入ってきて、つい手にとってしまいました。缶についても話し出すと長い。今日はいちばんわかりやすい、パーツ数の話をしましょうか。この缶は3つのパーツでできている「3ピース缶」ですね。

── 底蓋、胴、上蓋が別々のパーツなんですね。

三原さん:底蓋と胴の境目がぐるっと銀色になっているのがわかりますか?これは「巻き締め」と呼ばれる接合法で、これによって密閉性が保たれているんです。

── 3ピース以外の缶もあるんですか?

三原さん:ビールなどの缶は2ピースですね。2ピースのほうは、底と胴がつながっています。1枚の金属板をカップ状に打ち抜いてつくられている。

── 2ピースと3ピース、どんな使い分けがされているのでしょう?

三原さん:いろいろ違いはありますが、3ピース缶はスチール製です。2ピース缶はスチールとアルミのものがあります。

── 材質に違いがあると。3ピース缶の時点で、スチール製であることがわかるんですね。

三原さん:スチールの方が丈夫なので、この商品のように一定期間使う調味料とか、保温する必要のあるホットの缶コーヒーなんかは3ピースですね。アルミの2ピース缶はビールとか炭酸飲料。以前まで缶詰はほとんど3ピースでしたが、技術革新により、2ピースでスチール製の缶詰も増えてきました。

── そんな使い分けが!いろいろな缶商品を「何ピースかな?」ってチェックしちゃいそう(笑)。

萬有栄養 燻味塩ソルト&ペッパー(購入店:富澤商店 大丸梅田店)

スパイシーな燻製風味の塩胡椒。「燻味塩」シリーズとして「燻味塩ソルト」「燻味塩ガーリックソルト」もラインナップ。

三原さん:これは色合いとフォントが可愛くて選びました。今回のなかで、いちばん素直な「ジャケ買い」かも(笑)。

── 裏側のイラストもかわいいです。

三原さん:これは、はっきりと「パッケージが買う人を選んでいる」デザインですね。

── ターゲティングやポジショニングが反映されているということでしょうか。

三原さん:はい。プロが使う感じではないし、いわゆる家庭用としてよく売られているものともまた異なる。日々の料理のなかで「遊び」の要素として使ってほしい、そんな軽やかさを感じます。

── 色合いもそうですよね。

三原さん:そうですね。調味料なのに中身が見えないのって珍しくないですか?中の物質や機能を説明するのではなく、商品がまとう「気分」を表現しているようなデザインです。

── 実用性より、情緒的な部分に購入の動機が想定されているように思えます。そう考えると、一包あたりの量が少ないのもあえてなんでしょうね。

三原さん:コンセプトがパッケージから読み取れますね。企画書や会議の様子をつい想像してしまいます。

お茶の土倉 土熊 ティーバッグ(購入店:マルシェドブルーエプリュス ルクア イーレ店)

北海道の老舗お茶屋「お茶の土倉」から生まれたフレーバーティーブランド「土熊」のティーバッグ3種。

── 先ほどに続いて、これも袋のパッケージです。

三原さん:北海道のお茶屋さんだからかな?木彫りの熊がモチーフなんですが、鮭の代わりに急須を咥えてるところにクスッとしますよね。

── ピンクがラベンダー、グリーンがハッカ、イエローがとうきび。味によって色が分けられています。

三原さん:このパッケージからは、つくり手の工夫を感じますね。袋の製造事情を考えて、うまく対応したなという。

── 袋の製造事情というと?

三原さん:そこを説明するために、まずは袋に使われているフィルムのお話から。このパッケージに使われているのは、「アルミ蒸着」というフィルム。袋を裏返すと、少し銀色の部分があるのがわかりますか?

── 左端に銀色の裏地がのぞいています。

三原さん:この銀色で、アルミ蒸着とわかります。アルミ蒸着とは、高温で熱して蒸発させたアルミニウムを紙やフィルムの表面に付着させ、素材に薄く膜をかける加工方法です。お茶やコーヒーなど、香りが飛んでほしくないものにはよく使われますね。

── この銀色はアルミニウムなんですね。

三原さん:そうなんです。それでやっと先ほどの「『事情』って何?」という話なんですが、こういう袋って、製造の「最小ロット」が大きいんですよ。最低でも1,000mとか2,000mからしか発注ができない。

── 「ちょっとだけつくってください」という注文ができない。どうしても一回にたくさんつくられてしまうんですね。

三原さん:このティーバッグ、フレーバーが3種類あるでしょう?それぞれ色分けしたくても、袋自体を3色別々に製造すると、ものすごい量をつくることになってしまう。

── なるほど、だからシールなんですね!

三原さん:その通りです。裏面の原材料などが掲載されている部分もシールになっています。袋自体は3種類とも共通で、フレーバーごとに異なる部分には、シールを使っている。こういう工夫をしているパッケージは、探してみると意外とたくさんあります。

── 製造事情以外にも、コストの削減、法律で定められた決まりごと、さまざまなリスクに対する予測と対策など、考慮するべきことってたくさんありますよね。制約のなかでクオリティを担保することは、まさに「プロの仕事」だと感じます。

5. パッケージがそのまま商品に!三原さん感激のプロダクト

地元パン 貼り箱 田村牛乳(購入店:マルシェドブルーエプリュス ルクア イーレ店)

地元パン愛好家・甲斐みのりさん監修。地元パンのパッケージが貼り箱(化粧箱)としてグッズ化されている。

── ラストはこちら。今回は「ジャケ買い」がテーマでしたが、これはパッケージデザインがそのまま商品になっていますね。「ジャケ」そのものを買っているという意味で、広義の「ジャケ買い」と捉えましょう(笑)!

三原さん:感動して買わずにはいられなかったんですよ!そのまま商品になるくらい、このパッケージのデザインは注目されて評価されたんだなって思って。

栄養成分表示が全てゼロになっている遊び心も

三原さん:パッケージの価値って、一般にはあまり認識されてこなかったんですよね。オンラインショッピングが急速に拡大したころは、「パッケージデザイン不要論」が囁かれたりもしました。

── 事前に商品のことを調べて、オンラインで購入する。そこにはたしかにパッケージが介入する余地はないように感じます。

三原さん:実際、オンラインショップはとても便利です。でも人間の身体自体、超アナログじゃないですか。だから触った時の感触とか、手に取った時の質量とか、並んでいる商品を見た時の情景とか、そこに買い物の楽しさがあって、それが生きていくうえでの小さい喜びだったりする。

── 商品を手に入れること以上の価値が、「買い物」という体験のなかに生まれていますよね。

三原さん:さらに買ったあとの体験にも、パッケージは関わっていると思います。お菓子の箱を展開図通りに開いて、白い紙で同じ箱を作ってもらうワークショップをすることがあるのですが、個包装だけそこに入れても全然おいしそうじゃないんですよ。食べた時のうれしい気持ちもちょっと下がったりして。

── その感覚はわかります。目でも食べているというか。開封する時の感触なども、実は「おいしさ」の体験の一部だったりするんだろうな。

三原さん:売り手にとって、パッケージは店頭での重要なコミュニケーションツールです。お客さんに向けて商品のことを伝える、自己紹介の役割をはたしている。しかしそれと同時に、パッケージは商品のアイデンティティそのものにも深く関わっているんですよね。

── この貼り箱はそれが可視化されたような商品ですよね。「地元パン」への愛から生まれた商品ですが、パッケージも含めて「地元パン」のアイデンティティがかたちづくられ、思い出になっているからこそ、このようなプロダクトになったのだと思います。

6 .1万円分はまだまだ沼の入り口。パッケージから今の社会を考える

三原さん:冒頭で「良いパッケージとはなんだろう」という話をしましたね。

── 「とても一言では言えない」と。

三原さん:そうです。社会の状況によっても、求められることは変わっていきます。そしてそれがパッケージデザインのおもしろいところ。パッケージは社会の鏡なんです。たとえば、市販のお菓子って、一度でも開封されたら開けたことがわかるようになっているものがほとんどですよね。

── そうですね。たとえば箱の上下にハートの切り込みが入っていたりするのも、開封したことがわかるようにするためだと聞いたことがあります。

三原さん:あれって「グリコ・森永事件」のあとに登場した仕様なんですよ。

── なるほど!「安全性の証明」がパッケージの役割として求められるようになったんですね。

三原さん:最近の話をすると、チューブ容器に入った商品で平たい形状のものが増えてると思いませんか?

── チューブ容器ですか。日焼け止めやスキンケア商品などが多いですよね。

三原さん:そう。これは、オンラインショッピングの普及による変化です。薄くすることで、郵便受けに入るようにしているんですよ。

── なんとも現代的な変化ですねえ。最後に、パッケージデザイナーである三原さんの感覚で「今のパッケージ」を3つのキーワードで表すとしたら、どんなワードが思い浮かびますか?

三原さん:ひとつは、やっぱり「映え」ですね。SNSが普及して、「写真映えするものを」という要望はとても多くなりました。

── 実物を見た人だけではなく、写真で見た人にも魅力が届くことが求められるんですね。

三原さん:買う人たちのライフスタイルの変化ですよね。これまで買って終わりだったのが、自ら写真に撮って宣伝してくれるようになった。その習慣は、やはりパッケージを考えるうえでも無視できません。

── 写真でどう見えるかという観点は、オンラインショッピングの普及を考えても重要性が増していきそうです。ふたつめのキーワードはなんでしょう?

三原さん:ふたつめは「脱プラ・紙化」ですね。

── 今日購入した商品にも、これまでならプラスチックを使っていたところを紙でつくっているパッケージのものがありましたね。

三原さん:ここはまだまだ進化の過程にある動きとして見てほしいと思います。課題が多いのも事実。紙でつくろうって頑張ってみたけど、結局プラスチック使わないと製造ができなかった、という事例もよくあります。「全然エコになってないんじゃ?」と感じたものでも、まだ試行錯誤の途中なんだと思ってもらえたら。

── 買い手の意識も変えていくことが、この流れの推進には必要ですよね。少しへこんでいたり、印刷が掠れていたりしても問題ないと思えるマインドでいたいです。

三原さん:現状、パッケージの印刷って、100円均一店の商品であっても、高級店と同じ精度が求められるんです。少しでもズレていたら印刷会社さんの時点で廃棄されてしまう。

── 実際にクレームにつながるからでしょうね。つくり手の印刷技術向上にすべてを任せるのではなく、買い手側にも一定のおおらかさが浸透したら良いなと思います。

三原さん:そして3つめ、これは「ジェンダーフリー」ではないでしょうか。パッケージの世界では、デザインを変えたら商品の売り上げが変わったという話はよく聞かれます。最近では、コスメのパッケージをユニセックスなイメージにリデザインしたら売り上げが伸びたという話も聞きますね。

── メイクをする男性が増えているなかで、どんな性別でも手にとりやすいことは重要ですよね。

三原さん:あとは単純に、商品がジェンダーフリーであることを“イケてる”と感じる人が多い時代でもあるのかなと。売り上げが伸びているのはそういうことだと思います。

── 女性向けとして売られている商品にも、パッケージデザインの変化が見られますね。

三原さん:そうですね。生理用品などはわかりやすい例です。花柄やピンク色が定番でしたが、最近ではシンプルで落ち着いたトーンのパッケージも登場しています。

── 人々の価値観が変化したからでしょうか?

三原さん:どちらが先かは判断が難しいですね。相互に影響しあっているのかもしれません。これまでもシンプルなパッケージの生理用品が存在していれば普通に売れたと思うんですよ。つくり手がそこに気づいたのが今だったのかなと。 

── パッケージによって価値観が可視化されたとも捉えられそうです。

三原さん:そうですね。実際、そのデザインが普及することで「この感じ、いいね!」となる人もいると思います。

── パッケージは社会の鏡であり、社会の空気に影響を与える存在でもある……。お店の風景が違って見えてくるお話でした。

三原さん:パッケージデザインのことって、考え出したらどこまでも考えられちゃう。この奥深さ、楽しさがもっともっと伝わったらうれしいです!