私はルクア大阪のキッチン&マーケットが好きだ。通称・キチマ。フロア内に寿司屋もあればステーキ・ハンバーグが美味しい店もあり、ピザやパスタが売りの店もある。そういったお店でテイクアウトしたものをフロア内のテーブルに持ち寄って食べることができ、生ビールやワインや、お酒を飲むこともできる。そう、私にとってキチマは“飲めるフードコート”なのである。
そこで楽しく飲んで、ほろ酔いになって帰る時、唐突に思ったことがある。今ここで地震があったりしたら、どうやって避難すればいいんだろう……と。普段の私はまったく注意力の足りないタイプなのだが、そんな自分だからこそ、いざという時にどう動くかを考えておかなければならないのではないか。
今回、大阪ターミナルビル株式会社の安全企画部・杉田さんに「非常時ってどうすればいいんでしょうか?」と、率直な質問をぶつける機会を得た。防災のことを常に考えてきた杉田さんから、どんなアドバイスをもらえるのだろうか。大阪ステーションシティの防災への取り組みについても含め、実際に建物の中を歩きつつ、たっぷりお話を伺った。
この記事を書いた人
スズキナオ さん
「1979年東京生まれ、大阪在住のフリーライター。大阪駅周辺で一番好きなスポットは「風の広場」で、缶チューハイ片手にぼーっとしていることがよくある。WEBサイト『デイリーポータルZ』『OHTABOOKSTAND』などを中心に執筆中。著書に『深夜高速バスに100回ぐらい乗ってわかったこと』『遅く起きた日曜日にいつもの自分じゃないほうを選ぶ』(スタンド・ブックス)、酒場ライター・パリッコとの共著に『酒の穴』(シカク出版)、『椅子さえあればどこでも酒場 チェアリング入門』(ele-king books)、『“よむ”お酒』(イースト・プレス)などがある。
大阪の巨大ターミナルで防災について学ぶ
国内でも有数の規模を誇る複合商業施設・大阪ステーションシティ。この巨大な建物の中で、なんらかの災害に見舞われた際、私たちはどうすべきなのだろうか。
まずはその点から杉田さんにお話を聞いてみよう。
――:今日はよろしくお願いします!私は大阪ステーションシティをよく利用していて、特に飲食店で飲んだり食べたりしていることが多いんです。たとえばそういう時に地震が起きたとして、どうすればいいのかなとふと思いました。杉田さんからアドバイスをいただきたいです!
杉田さん:「地震が起きた場合、まずは机やテーブルの下にもぐって身を守るのが先決です。緊急地震速報が通知された場合や、実際に揺れが来た場合は急いでそのように対応して、揺れが収まるまでじっとしていただきたいです。大阪ステーションシティの建物は制震構造になっていますが、場合によっては大きく揺れる場合もありますので、机の脚をしっかりつかんで、体がはみ出ないようにしてください」
――:なるほど、そこまではどんな場所でも共通ですよね。物が落ちてきたりする危険を避けるという。
杉田さん:「そうですね。そして揺れが収まるのを待って行動してください。このビルは非常に堅牢ですので倒壊する危険はありません。なので、まずはその場に留まるというのが基本です。慌てて逃げると、人と人がぶつかったり倒れたりして二次災害につながりますのでね。そして建物内に流れる非常放送や係員、店舗の従業員の方の指示に従ってください」
――:ふむふむ。焦って動き出してしまいそうですが、落ち着いて指示を待つということか。避難経路を自分で探して行動するというのではないわけですね。
杉田さん:「そうですね。ただ、残念ながら、実際に災害が起きた時にどういう状況になるかは予測できない部分があります。なんらかの事情で適切な指示や誘導ができないということも、もちろん万が一ですが、あるかもしれない。火災が起きて煙が漂っているような場合、緊急性があってどうしても自主的に避難しなければならない場合もあり得ます」
――:そんな時はどうすれば……。
杉田さん:「誘導灯を探して、そのサインに従って動くということが鉄則です。案内に従えば必ずその先に避難階段があります」
――:誘導灯ですか。視界の隅に入っているような気もするのですがちゃんと見たことがないような気がします。
杉田さん:「白地に緑の矢印が描かれた『通路誘導灯』と、緑の地に逃げる人が描かれている『避難口誘導灯』があります。通路誘導灯に従って進めば避難口誘導灯が必ずあります。そしてそこまで行けばこの建物には非常に機能性の高い、防火区画された特別避難階段があります。そこにたどり着けばまず安全です」
――:なるほど、その誘導灯を目指して避難すればいいと。
杉田さん:「ですので、お店で飲食をされる際は、誘導灯を確認して、お店を出て右か左、どっちに進む方が避難口に近いかということだけでも確認しておくといいと思います。また、誘導灯以外にもプレート式の誘導標識というものがあります」
――:今お話に出た特別避難階段というのはどういうものですか?
杉田さん:「階段室の手前に附室と呼ばれる部屋やバルコニーを設けた階段で、煙の流入を確実に防いでくれるんです」
――:なるほど。そこまで行けば安全だと。階段までたどり着いたらあとは降りればいいですか?
杉田さん:「他の階からドアを開けて避難してくる方がいるかもしれませんので、できるだけ階段の内側を、手すりをしっかりつかんで落ち着いて降りていただきたいです。とにかくそこまで行けば安全ですので冷静に行動してください」
――:避難階段って普段目にすることがないですよね。
杉田さん:「そうですよね。私が小さい頃は、大きな百貨店ですと大理石の階段があって、一般客もそこを普段から利用していました。ただ、今のショッピングモールは非常時にしか階段の存在が意識されないようになっています。いつもならエスカレーターやエレベーターが動いていますが、非常時にはそれらが自動的に停止しますので、通常のルートとは違うルートで避難することになるわけです」
――:ああ、それはちょっと焦りそうですね。
杉田さん:「しかも避難階段というのはたいてい裏側にあって目につかないことが多いので、やはりとにかく誘導灯を目指して、まずは避難階段を見つけるということが大切です」
――:ちなみに階段の上り下りが問題なくできる人はいいですけど、高齢の方とか、体の問題で利用しにくい場合はどうするべきですか?
杉田さん:「まったく移動できないという人であれば誰かの手助けが必要ですが、とにかく避難階段まで移動していただければ安全です。緑の誘導灯を目指して扉をあけて、避難階段へ入ったらあとは焦らず、踊り場などで消防隊や防災センターのスタッフの助けを待って待機していただく。防災センターの者も、そういったことを想定して訓練していますので」
――:大阪ステーションシティとしても避難訓練をしているんですか?
杉田さん:「はい。コロナ禍では密を避けるために少し規模を小さくせざるを得なかったのですが、それでも必ず各フロアのスタッフに避難階段を降りるようにしてもらっています。この春には久々に全体的な避難訓練を再開できるようになりました」
――:他に大阪ステーションシティとしていざという時のために取り組んでいることはありますか?
杉田さん:「一番は避難経路の確保ですね。避難通路に障害になるようなものを置かない。避難階段に燃えやすそうなものを置かないなど、そこは徹底して行う必要があります。常に避難通路と避難階段はチェックしていますね。私は日頃から避難階段を歩くようにしています」
――:杉田さんのそういった防災に対する意識はやはりこのお仕事を通じて培われていったものなのでしょうか?
杉田さん:「実は前職で大阪消防局に38年間いたんです。最初は消火活動や救急活動をしていて、その後は予防業務という、こういったビルの立ち入り検査なども行っていました。消防局におりますと、痛ましい現場も目の当たりにするわけです。それを通じて思うのは、消火設備も大事ですけど、いかにして避難するか、外に逃げられるかということなんですね。前職での経験も今の仕事に生きていると思います」
――:そう聞くと、ますます日頃からいざという時のことを想定しておくべきだと感じますね。
杉田さん:「そう思います。それを意識しておけば、一緒にいる人を守ることにもつながりますから」
――:ありがとうございます。ではこの後、実際に大阪ステーションシティを歩きながら実際の避難経路をイメージしてみたいと思います。よろしくお願いします!
実際にシチュエーションを想定して避難してみた
というわけで、ここからは、大阪ステーションシティ内のいくつかの地点を起点として、実際の避難経路を確認してみる。杉田さんにもたくさんのアドバイスをもらった。
ポイント1:「イチロクグルメ」のフロア内
――:「イチロクグルメ」に来ました。サウスゲートビルディングの16階にあって飲食店が立ち並ぶフロアですが、まさにこういう場所で自分がほろ酔いになっていて、たとえば地震が来たとして……。さて、どうしましょう。まずは誘導灯の確認ですよね?
杉田さん:「そうですね。視界の中に白地に緑の矢印が描かれた『通路誘導灯』がありますよね。そしてその矢印の先に、緑の『避難口誘導灯』があるのがわかりますか?あの向こうに避難口があります」
――:本当だ。それさえ見つけてしまえば、そっちへ行くだけと。とてもシンプルですね。
杉田さん:「その通りです。たとえばこの位置からですと、2か所の通路誘導灯が見えますよね。その時に近い方から避難していただく」
――:お店に入る際、ちらっと確認しておくべしというわけですね。
杉田さん:「先ほども言いましたように非常時はエスカレーター、エレベーターも停止しますし、防火戸が自動的に閉まる場所もあります。普段とは違うルートになるので、自主的に避難する際も、とにかく誘導灯を頼りに落ち着いて行動していただくのが鉄則です」
――:肝に銘じます。
杉田さん:「緑の誘導灯まで来れば、その先に避難口が必ずありますので」
――:あとはここから避難できると。なるほど、勉強になります。
ポイント2:太陽の広場
――:次に来たのは、「太陽の広場」ですね。
杉田さん:「先ほどのイチロクグルメは、この『太陽の広場』にも隣接していますので、場所によっては、誘導灯がこの広場へ向かっています」
――:広場は安全なわけですね。
杉田さん:「そうです。煙もたまりませんし、屋外と同じ扱いになりますので、まずそこに避難していただいて落ち着いて放送や案内を待つと。見ていただくと、この太陽の広場にも通路誘導標識と避難口誘導標識がありますでしょう。もちろんここからも避難階段まで行けるようになっているんです」
――:なるほど。何度かこの場所に来たことはあるのですが標識が目に入ったことがなかったです。ここからも避難階段に通じているんですね。
杉田さん:「そうなんです。こちらから降りていくと避難階段へと続いています」
――:本当だ。広場へ避難した後、地上まで下りていく際はこのように移動していくわけですね。
ポイント3:時空の広場
――:今度は大阪ステーションシティ5階にある「時空(とき)の広場」にやってきました。
――:私はこの広場でくつろいでいることもよくあるんです。すごく多くの方が一休みしているようなスポットですよね。
杉田さん:「そうですね。見ての通りここも煙のたまる心配のない広場です。先ほどの『太陽の広場』と同様、屋外と同等の、一時避難場所としても扱える場所ですね」
――:大阪ステーションシティ内にいて、広場が近くにあればまずは広場に出るといいわけですか?
杉田さん:「そのように考えて構いません。幸い大阪ステーションシティには広場がところどころにありますので」
――:この時空の広場だったら、まずはここに避難して落ち着いて指示を待ち、ここから出るとしたら……。
杉田さん:「屋根の高い場所ですので、ここは構造上、誘導灯を吊り下げることはできないのですが、よく見ていただくと、地面に誘導プレートが埋め込まれていますでしょう」
――:本当ですね!これも気づかなかったです。
杉田さん:「蓄光式になっていますので、館内が暗くなっても視認できるようになっています。そしてこの通路誘導プレートに沿って歩いていただくと、向こうに避難経路の階段があるというわけです」
――:なるほど。こういう場所でもやはりやることが同じで、誘導灯なり標識なりを探して矢印通りに進んでいくと。
杉田さん:「そうです。それはどこにいても変わりません」
――:ちなみに私はルクア大阪の地下のキチマやバルチカなどで楽しくお酒を飲んでいることも多いのですが、もちろん地下でも対応は同じでしょうか?
杉田さん:「その通りです。特に事前に避難口をよく確認された方がいいと思います。緑の誘導灯がどこにあるかを、できれば酔っぱらう前に確認しておいていただきたいです(笑)」
――:必ずそうするようにします。
杉田さん:「お店に入る前、そして席に座られた時にでも、ちょっとまわりを見渡して緑の誘導灯を見て、一番近い避難口がどこにあるかだけでも確認していただけたらだいぶ違うと思います。避難階段に逃げ込めば安全です。パニックになったりせず、あとは落ち着いて行動すれば大丈夫です」
最後に、避難階段を使って地上へ降りてみる
杉田さんにお話を聞き、どんな場所にいても、緑の誘導灯や標識を探して避難経路を把握し、落ち着いて行動すべきだと知った。
各ポイントで避難経路をイメージした後、特別に避難階段を利用して地上1階まで移動させていただくことに。
できるだけ階段の内側を、手すりをしっかりつかんでゆっくり降りていく。実際に震災が発生した際はここを使って大勢の人が避難するわけである。そんな時は焦らず、お互いに配慮しあってゆっくりと降りようと心に誓う。
無事、1階に出ることができた。
杉田さんは「意外なところに出ますでしょう?先ほども言いました通り、避難階段は普段は意識されにくい場所にありますから。ただ、必ず誘導灯や誘導標識の際に安全な避難階段がありますので、これからも安心して大阪ステーションシティを利用してください」と語ってくれた。
取材後、普段生活していても意外なほどに誘導灯に注意が向くようになった。なるほど、大阪ステーションシティ内でも、町の中の居酒屋でも、眺めてみると避難経路が示してあるものだ。「これからはお店に入る前、席についた時にまず避難経路を確認するようにしよう」と、大きな学びを得た取材だった。
みなさんも、大阪ステーションシティにお越しの際は避難経路を確認してみてください。どこからでも必ず緑の誘導灯や標識が見えるのがわかってもらえると思います!ぜひぜひ!
いっちゃん、新しいやつ