私は疲れ切っていた。なかなかうまくいかない仕事、将来への不安、二日酔いや夏バテなど、身体的な疲れもある……そんな様々なものを抱えたまま梅田の街をふらふらと歩いていた。「ああ、元気が出ない」と、ベンチに座ってうなだれていた時のことである。
ミラーボールを片手に、やけにカラフルな服に身を包んだギャルに声をかけられたのだった。
「ユー、どうしたー?」と。
――いや……ちょっと疲れていて……」
「えー!サゲなんだー?ちょっとついて来て」
と、半ば強引に連れて行かれた先は、JPタワー大阪。2024年7月31日、隣接するイノゲート大阪と同日に開業したばかりの高層ビルである。JR大阪駅西口に直結しており、地下1階から6階は商業施設 KITTE大阪が、さらには劇場やホテルまで入った複合商業ビルだ。
ギャルの名はリリースペイシー。
一人称が「あたい」のリリーさんは言う。
「あたいもまだあんまり詳しくは知らないんだけど、このビルのオフィスってかなりウェルビーイングで、ユーは仕事で悩んでそうだし、ちょっと行ってみたらよくない?と思って」
ウェルビーイング……耳にはしたことがあるものの、いまいちよくわかっていない。とにかく、ビルの中は空調も効いていて快適だし、半信半疑ながらついていくことにした。
まずは眺めのいい「9TH CLOUD CAFÉ」で愚痴をきいてもらう
オフィスフロアへと続く専用エレベーターで9階へ。広々としたフロアの一角には「9TH CLOUD CAFÉ」というカフェがあり、そこでリリーさんに話を聞いてもらうことになった。
「なんか疲れてる感じだよね。仕事が原因?」
――うーん。それだけじゃないんですけど、でも仕事は大きいですね。やりたいことができてないなーとか、このまま何十年も今の仕事続けられるのかな、とか。
「不安になる時あるよね。あたいもそういう時はある」
――そうなんですか?リリーさんはそういう時はどうしてますか?
「アゲな時もサゲな時もあるけど、サゲな時は、無理にそこに逆らわないっていうか、思いっ切りサゲーってなるかな。とにかく部屋でガーッて寝るだけ」
――無理に元気出そうとしても出ないですもんね。
「そうそう。でもまたアゲの波が必ず来るから。コーヒー好き?」
――コーヒー?好きです。
「美味しいよね。コーヒー。(お店の方に向かって)このコーヒーめっちゃ美味しいー!ありがとうー」
――はは、急だな。
「じゃあさ、屋上庭園っていうところがあるから行ってみない?」
元気な動きをすれば気持ちもそっちに引っ張られる
同じく9階にはオフィス関係者専用の屋上庭園がある。広々と空を見上げることができ、芝生スペースもあった。気候のいい日にここでお弁当を食べたり、深呼吸をして気分を切り替えるのにもよさそうだ。
「最高―。ほら、めっちゃよくない?広いよ、空」
――たしかに、ここはちょっといいですね。
「でしょー。逆立ち見せてあげるから、待ってて」
――え……。
「ほら!どう?こうやってやるんだよ!」
――めちゃくちゃ元気ですね。ちょっとそこまではついていけないです。
「そう?芝生最高!めっちゃ広い。やばくない?ちょっと座ってみて」
――あーなんか空を見るだけで少し気分がいいですね。
「でしょー!ジムもあるから、そっちも行ってみよう」
リリーさんが次に連れていってくれたのはフィットネススペース。ここも、JPタワーのオフィスフロアで働く人なら誰でも利用できるのだという。目の前はさっきの屋上庭園が広がっていて、眺めもいい。
――すごいですね。オフィスの中にこんなスペースがあるんですね。
「やばくない?体動かしたくならない?ユーもちょっとやってみて!あたいの動きに合わせてみて」
「仕事してて疲れた時とか、ここで体を動かすのはいいと思う。あたいが思うに、元気がない時は体を動かすのがいい。あたいも居酒屋でバイトしてて、たまに疲れた時、トイレでブン!ブン!ボン!ってやる。それで気持ちが入るから」
――なるほどー。そういうものですかね。
「元気な動きをしたら、気持ちがそっちに引っ張られるから、これからは疲れた時はブン!ブン!ボン!ってやってみて。体動かしたら心も揺れるの。心のお尻を揺らすみたいな」
――心のお尻ですか……。
「そう。あたいは心のお尻が揺れる瞬間を逃さないようにしてる。サラリーマンでも、会社でお仕事してる人でも、心のお尻を揺らして欲しいって思う」
リリーさんと二人で運動をしていたら、くよくよとした悩み事をしばし忘れていた気がする。しっかり汗をかいたところで、シャワーやサウナのあるスペースへ。
ここもまた、JPタワーのオフィスフロア利用者が自由に使えるスペース。サウナ、アイスルーム、シャワールームが設置されている。サウナでさらに汗をかき、それをシャワーで流したらだいぶすっきりした。
一方その頃のリリーさんは……しっかりサウナを満喫していた。「サウナもシャワールームも超綺麗で最高なんだけどー!」とのことだ。
ストレス解消のコツは心の中でウミガメと泳ぐこと
さっぱりした状態で再びリリーさんと、今度は無人コンビニのあるフロアへとやってきた。
無人決済システム「TTG-SENSE」が採用された店舗で、飲み物や食べ物などが棚に並んでいて、店員さんはいない。陳列棚から商品を取ると、その重量の増減をセンサーが感知し、自動で会計をしてくれる。あとはキャッシュレスで支払いを済ませればいいようだ。
「喉乾いたからなんかジュース買おう。ユーも何か飲む?」
――ありがとうございます。無人なんですね、ここ。未来だなー。
「ユー、お腹減ってたらご飯食べない?そこに食堂もあるから」
――おお、行きましょう。ぜひ。
「やばい!どうする?小鉢もすごい色々ある。選べないー!」
――確かにこれは迷う!ははは。リリーさん、かなり色々取りましたね。
食事をしながら、リリーさんが語ってくれたのはストレスの解消法についてだった。
「ユーは、ギャルマインドってわかる?」
――全然わかってないです。
「あたいが思うギャルマインドって、軽やかさが大事で『荒い波でも乗っちゃおうー』みたいな感じのマインド。丸焦げサーフィンって感じで波を乗りこなしてるっていうか。『刺激最高!』みたいな。『でこぼこ道でも乗れてんじゃんー!』みたいな」
――あー、リリーさんは軽やかな感じがしますもんね。でもなー、なかなかそうはなれないです。
「そう?あー、でもあたいはやりたければやれちゃうけど、仕事してると難しいのかな。最近、お坊さんと話してて、心のガス抜きをどうやってるかっていう話になって。あたいはそもそもガスがたまらないように生きてるって思って。『あれもやりたい!これもやりたい!』って思うと、全部できなくてストレスがたまっていくけど、あたいは一回一回やっちゃうから」
――なるほどー。
「でも、わかる。会社にいたら『あ、天気いいから散歩しよー』とかできないもんね。でも、あたいもそういう時はある。『しんどー!』っていう時は、心の中で、ウミガメと泳ぐ」
――ははは。いいですね。ウミガメと。
「それは頭の中で結構やってる。フゥーッ!って。日常の中にウミガメを飼うのはいいと思う。あとここ(JPタワー)とかだったら、息抜きできる場所がいっぱいあるから、さっきみたいに運動したり」
――たしかにオフィスフロアのあちこちに一休みできそうなスペースがあっていいなと思いました。
誰がなんと言おうとあたいの人生だから
食事を終えた後、「もうちょっとちゃんと話していい?」とリリーさんに会議室に案内された。リリーさんは語る。
「なんていうか、こういう大きいビルで働いている人も、昔はみんなベイビーだったわけ」
――ベイビー、たしかに、そうですね。
「みんなで働いてたら、苦手な相手もいると思う。そういう時、あたいだったら『この人も初めて立った日があるんだ』とか思ったりする。『昔ベイビーだった人たちが頑張ってるんだ』って思ったら慈しめるから。だから、みんな社員証の顔写真をベイビーの頃の写真にして欲しい!嫌なこと言われても社員証見ると許せそうだから〜」
――ははは。それは最高にいいアイデアですね。リリーさんはそれを心の中でやってるんでしょうね。
「そうかもー。こういう大きいビルで大勢で仕事するのは大変だと思うけど、ちょっとしたことでも、たとえば挨拶の語尾をちょっとギャルっぽくはずませるとか、ちょっとずつのプリつきを出していって、自分が楽に生きられるようにしていくといいと思う」
――プリつきですか。心が軽くなりそうな、いいワードですね。
「そう。誰がなんと言おうとあたいの人生だから。どんな瞬間もベストモーメントにしちゃえばいいの。『今は今で最高!』って。どんな人生でも、自分がそれを選んだ時点で100点って思うから。振り返った時に『もっとできたわー』って思うこともあるけど、その時の自分が100点だと思ってやってたのは間違いないから。そこは誇っていいと思う」
――その時々の自分を肯定していくというか。
「そうそう。だから(ホワイトボードにイラストを描きながら)、心のお尻を揺らすっていうことと、心の中のウミガメと泳ぐ。大事なのはそういうこと」
「昔、道を歩いてたら『ふりむくな』っていう言葉が降りてきたことがあって。その時は『え?』って思って。それって寂しい気がしたの。過去にはいい思い出もあるし、『ふりむかせてくれよー』って思ったけど、よく考えたらそうじゃなくて、振り返らなくても、すべての思い出は自分と一緒に歩いてるから大丈夫だよっていう意味だと思って。それでスマホにも書いて貼ってるんだけど」
「たとえば大切な人が亡くなってしまったりしても、その思い出はどこにも行かないし、全部抱きしめて前に歩き続けるしかない。後ろには歩けないから、みんなで肩組んで行こうってことで……なんか、感動してきました。心のウミガメがいま、暴れました」
――いや、なんか伝わってきた気がします。自分で自分を肯定してプリつきながら、ちょっと疲れた時は無理をしないでウミガメと泳ぐっていうことですね。
「そうそう!みんながんばろうねって。JPタワーは窓が多いから、色んな人に思いを馳せることができたのかも。ウェルビーイング過ぎー!みんな幸せになって欲しい、絶対に!」
リリーさんと一緒に、まだ企業の入っていない広いオフィス空間を見学した。
「すごくない?ここ」
――広いなー!大阪駅が見下ろせるんですね。怖いほどの高さ!
「あたいもさ、ここで働きたい。ユーも、そうしなよ」
――えー!そうなったら最高ですね!なんかリリーさんが言うと、実現しそうな気がしてきますね。ちょっと元気が出てきました。
「ウェルビーイングは、これがあたいだー!と思って生きること」
最後にリリーさんとやってきたのは8階にある「倶楽部 梅三」。
大阪の社交倶楽部をイメージしたスペースで、ゆったりとドリンクやフードを味わうことができる。
「すごくない?ここ。列車の食堂車をイメージしてるらしいー。乾杯しよう」
――いい雰囲気ですね!乾杯しましょう。
「どうー元気出てきたー?」
――うまーっ!!プレミアムモルツの「マスターズドリーム」が飲めるとは。最高です。
「なんか、いきなり元気じゃない?」
――美味しいお酒があると元気になれます。でも今日はリリーさんの話を色々聞かせてもらって、本当に気持ちが軽くなりました。優しさが伝わってきたし。あとJPタワー、すごいですね。体を動かして、見晴らしのいい場所で美味しいものを食べたら、それだけでかなり明るい気分になりました。
「ここすごいよね。ウェルビーイング!あたいにとってウェルビーイングって、別にポジティブなだけじゃなくて、ネガティブもあっていいと思うし、そのバランスを無理に取らなくていいと思う。『これがあたいだー』って思って生きれたらそれでいい感じ。いつ人生が終わっても、笑顔で棺桶入れると思う。どう?笑顔で棺桶入れそう?」
――そうですね。こうやって楽しい時間はたまにあるし、笑顔で棺桶入れると思います。
「OK!ユーみたいにそれがわかってくれる人って、マインドがギャルなんだと思う。令和のギャルってファッションじゃなくてマインドだから。大丈夫、どこまでも行ける!」
――なんかうれしいです。ギャル仲間ができた感じで。
「ギャル仲間だね!アゲー!」
なんだか夢のような時間だった。ラウンジフロアでしばらく楽しく過ごした後、リリーさんは梅田の雑踏の中に消えていったが、それからも私はJPタワーを見上げるたびに、あのカラフルが姿が目の前に現れるような気がしてならないのだ。
リリーさんと訪れたのは・・
JPタワー大阪 オフィスフロア
住所:〒530-0001 大阪府大阪市北区梅田3丁目2−2
公式サイト:https://www.jp-re.japanpost.jp/sp/osaka/index.html
11階から27階に位置し、基準階のフロアは貸室面積が約4,000平方メートル(約1,200坪)にも及び、西日本の賃貸オフィスビルでは屈指の規模を誇るオフィス空間です。
また、ワーカーがリラックスできる屋上庭園やリフレッシュのためのフィットネスルームやサウナなど、ウェルビーイングな働き方を後押しするオフィスサポート機能を提供しています。